ロゴ 京都大学農学研究科森林水文学研究室 Forest Hydrology Labo, Kyoto Univ.
小杉緑子Yoshiko Kosugi




多層モデルを用いた植生面上における熱・水・二酸化炭素交換過程の解明          

科研費(奨励費(B))申請書類に載せた研究目的(2001.9.13作成)

研究の背景

 植生面−大気間のエネルギー交換や物質交換過程を解明することは様々な分野において重要課題のひとつとみなされており、近年では観測技術の向上に伴って群落上でのフラックスの測定が盛んに行われるようになり、様々な植生面について熱・水・二酸化炭素フラックスの観測結果が報告されるようになってきた。

また、様々な物理モデルが考案され、複雑な現象をメカニズムに基づいて解明する試みがなされている。しかしながら、観測結果からしばしば導かれる結論は、個々の場所における年間の炭素固定量や水収支、季節変化の定性的傾向などが中心で、フラックス変動とそのメカニズム、個々の場所のフラックス特性を決める要因、その植生タイプによる違いなどについての詳細な解析は十分に行われていない。一方、各素過程におけるメカニズムをかなり詳細に組み込んだ物理モデルが考案され現象の説明が試みられているが、実際のフラックス長期観測データと照合した研究は非常に少ない。またこのような物理モデルは広域水循環モデルなどに組み込まれて広く使われているが、そこで利用されている諸パラメータは限られた地域での観測結果をもとにチューニングされた非常に大雑把な区分のものであり、実際にある場所の植生面がどのような熱・水・二酸化炭素交換特性を持っているのか、他の場所との違いはどのような要因に起因するものかを解明するには不十分であり、数値計算だけが先行している状況にある。植生面上の熱・水・二酸化炭素交換過程を理解するためには、植生面上において実際にこれらのフラックスの長期観測を行うこと、またこの際にフラックスを決定すると考えられる諸要因について同時に観測を行うこと、さらにできうるかぎりメカニズムにもとづいたモデルを用いて各地の観測結果を比較解析することが重要であると考えられるが、このような研究の報告例は非常に少ない。なかでも特に、その重要性に反してデータの蓄積が少なく個々の研究で得られている情報が十分系統的に整理されていない個葉ガス交換特性の違いを定量的に評価しつつフラックスの決定要因について比較解析した例はほとんどないのが現状である。

研究の目的

 植生面上の熱・水・二酸化炭素交換過程を決定する主要因としては、植生面上の気象条件、群落構造、個葉の蒸散・光合成特性、土壌特性などが挙げられ、これらのファクターが、乱流拡散、放射伝達、エネルギーの再分配、個葉による蒸散・光合成活動、土壌呼吸、土壌面蒸発などの主な素過程に関わっており、これらの素過程の複雑な相互作用の結果植生面上の熱・水・二酸化炭素フラックスが決定されている。そこで、群落上フラックスの決定機構を解明するためにはこれらの諸要因および素過程を、群落上フラックスと同時に観測する必要がある。また、多くの要因・過程を同時に評価する必要性から、できうる限りメカニズムを再現する形の多層モデルを用いた解析が必要となる。

本研究の目的は、様々な植生面の熱・水・二酸化炭素フラックスがどのような要因によって決定され、その場所の特性値となるのかについて解明することであり、いくつかの植生面で実際にフラックスおよび主要なフラックスの決定要因について観測を行うとともに、観測結果に裏打ちされた多層モデルをツールとして比較解析を行うことによって、植生面上における熱・水・二酸化炭素フラックスの決定要因とその寄与度、またキーパラメータの変動幅や変動要因についての情報を得、熱・水・二酸化炭素フラックスの決定機構を明らかにすることである。

申請者はこれまでヒノキ林および常緑広葉樹緑地の2地点において長期観測を行っており樹冠上フラックスおよび各種要因のデータについて蓄積をおこなってきているが、これを継続し比較解析の主な対象試験地とする。またこれまで、群落上フラックスを決定する上でとりわけ寄与度が高く、しかも情報の系統的な整理の遅れている個葉ガス交換特性について、的確な数値化という観点から様々な研究を行ってきたが、この成果を生かして、上記2地点における個葉ガス交換特性とその長期変動を数値化する。この観測結果を元に構築した多層モデルを用いて、両者を比較解析し、さらに他の植生面についても短期の観測結果や他研究の結果に多層モデルを適用することで、様々な植生面上フラックスの違いをいくつかのキーパラメータの違いによって説明する予定である。

研究の特色、意義
 
 この研究の特色は、いくつかの群落上熱・水・二酸化炭素フラックスおよびこれを決定すると考えられる諸要因についての包括的かつ長期の観測結果に基づいたデータの蓄積と、これに裏打ちされた多層モデルによる比較解析を併行する点であり、この手法によって現象の詳細な解明が可能になると考えられる。このことは、植生面上における熱・水・二酸化炭素交換過程に対して新たな知見を加えるとともに、現在広く使われている広域数値モデルの予測精度や現象を解析するツールとしての信頼性を上げることにも貢献すると考えられる。

本研究の位置づけ

これまでに、様々な植生面上の熱・水・二酸化炭素フラックスの観測、個葉ガス交換特性をはじめ群落上フラックスを決定している素過程についての研究、またエネルギーおよび物質交換過程をシミュレートするための数値モデルの提示とフラックスの推定などは多く行われているが、本研究のように実際の長期観測結果に基づいて包括的な比較解析を行っている例は非常に少なく、本研究は植生面上における熱・水・二酸化炭素交換過程の理解のための有用な情報を提供するものと考えられる。



 
 
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