京都大学農学研究科森林水文学分野・山地保全学分野
京都府立大学生命環境科学科山地防災学研究室

コカ・コーラ財団助成金研究
「水循環システムの恒常性を維持する森林生態系の働き」特設WEBサイト

いろはす探求

「いろはす天然水」の水はどこからやってくるのか

「いろはす天然水」は、天然の地下水を汲み上げたものだと知っていましたか?

日本全国の厳選された6か所の採水地から、豊富な天然の地下水が汲み上げられ、濾過・殺菌などの工程を経て、いろはす天然水が作られ、全国各地に流通していきます。
い・ろ・は・す 天然水 | い・ろ・は・す (I LOHAS) 公式サイト (i-lohas.jp)

清田(北海道札幌市)
奥羽山脈(岩手県花巻市)
砺波(富山県砺波市)
白洲(山梨県北杜市)
大山(鳥取県西伯郡伯耆町)
阿蘇(熊本県熊本市)

の6つの採水地で、いろはす天然水は汲み上げられています。場所によって、水の組成もすこしづつ異なります。
ペットボトルのラベルをよく見ると、「白洲の天然水」「大山の天然水」などと名前が書かれていて、製造所の工場名が記載されているのに気づくでしょう。

これらの地下水は、どこからやってくるのでしょうか?

地下水の源は、森に降る雨です。

日本の年間平均降水量は約1700mmで、世界的に見ても多くの降水に恵まれた国です。しかし山がちで急峻な地形のため、雨の多くは速やかに川から海へ流出していきがちで、洪水や渇水の危険があります。一方で、日本は国土の67%が森林に覆われており、雨の多くが森林に降ります。森林土壌は雨水を蓄え、河川への流出を遅らせることによって、水源涵養機能を発揮します。一部の水はさらにゆっくりと基岩の奥深くまで浸透し、地下水を育みます。このようにして蓄えられた地下水が、いろはす天然水などの様々な水資源となるのです。

森に降る雨は、どこからやってくるのでしょうか?

森に降る雨の源は、海や陸地の地表面から蒸発した大気中の水蒸気です。

大気中に留まっている水蒸気の量は非常に少ないので、雨を降らせるためには絶えず地表面からの蒸発による水蒸気の供給が必要です。森の樹木は光合成をするために気孔を開き、その時同時に気孔から「蒸散」が起こり、土壌から吸い上げた水を大気中に水蒸気の形で放出しています。雨の直後には樹木の樹冠に捕捉された水が蒸発し、また土壌面からも蒸発がおこります。これらの3つの過程を総称して「蒸発散」と呼びます。蒸発散により、水は大気中へ戻され、大気中を循環したのち、また雨となって森に降り注ぐのです。

水資源を守り育むために、重要なことはなんでしょうか?

特に日本のような湿潤地域の森林では、大量の蒸発散が、雨による陸地の水資源の再生はいうに及ばす、バイオマス生産や生物多様性などの森林におけるすべての生態系機能を支えています。また、日本を含むアジアモンスーンの湿潤地域では、多雨で急峻な地形のため、貯水システムにより水循環を制御し、旱魃を防ぐとともに洪水も防ぐことが水資源管理上の重要な課題になりますが、森林は水の滞留時間を延ばすことにより天然の貯水システムとして働きます。森林土壌は地表流を防ぎ、水を深部へと浸透させるのに役立ちます。このような水は豊富な天然水資源となり、いろはすを含む様々な用途に利用されていますが、同時に豊富すぎる深層地下水は深層崩壊の危険も孕んでいます。このように湿潤地域では、単なる水の節約という概念が必ずしも賢明な選択ではありません。 自然の水循環システムの恒常性を維持する森林機能の科学的なメカニズムを長期にモニタリングしつつ、水を利用することが、重要です。

本プロジェクトでは、自然の水循環システムの恒常性を維持する森林機能の科学的なメカニズムを長期にモニタリングする研究を展開しています。このプロジェクトの一環として、全国4か所から採水・ボトリングされた「いろはす天然水」の酸素・水素安定同位体比を長期モニタリングしています。

コカ・コーラ社の協力で、4つの地点で異なる日時に採水された水が、二か月に一回京都大学に送られてきます。専用の分析計を使って水サンプルの酸素・水素安定同位体比を測定しています。



「いろはす天然水」の水はどんな情報を含んでいるのか

水分子を構成しているのは、二つの水素原子と一つの酸素原子です。水素原子の質量は通常1、酸素原子の質量は通常16ですが、自然界には僅かながら、質量2の水素原子や質量18、17の酸素原子が安定的に存在します。これらの原子のことを安定同位体と言い、その存在比率のことを安定同位体比と言います。水は蒸発するときに軽い分子から蒸発し、凝結するときには重い分子から凝結するので、水循環の過程で、重い水、軽い水の偏りができます。この情報を用いて、水がどのような水循環過程を経たかの情報を得ることができます。


全国4か所から採水された「いろはす天然水」の酸素・水素安定同位体比を長期モニタリング中

気候変動に対する地下水安定同位体比の応答-いろはすを試料に用いた長期変動傾向の解析-

 京都府立大学大学院生命環境科学研究科・教授 勝山正則

今日、地球の水循環は人間活動の結果として変化の危機にさらされています。変動兆候を評価するために、様々な水の安定同位体比モニタリングを行っています。その一環として「いろはす天然水」の長期モニタリングを行っています。

ここでは、4つの地点から採水された「いろはす天然水」の酸素安定同位体比の長期変動と、気温・降水量の長期変動との関係を紹介します。

まずは
白洲(山梨県)のいろはす天然水から。





グラフは上二つのグラフのオレンジが気温、青が降水量(一番上のグラフは月毎・真ん中のグラフは年毎)、一番下のグラフが「いろはす天然水」の酸素安定同位体比δ18Oで、2010年から2020年までの推移を表しています。

白洲(山梨県)では、年々変動がありつつも、気温が0.07℃/年の上昇率で上昇傾向です(*韮崎の気象庁データ)。もっとより長いスパンで見ないと詳しいことは判定出来ませんが、温暖化の影響が顕れていると思われます。

いろはす天然水の酸素安定同位体比は、すこし大きく(重く)なっていっているようです。





次に、砺波(富山県)のいろはす天然水を見てみましょう。




砺波(富山県)でも、年々変動がありつつも、気温が0.08℃/年の上昇率で上昇傾向です(*砺波の気象庁データ)。温暖化の影響が顕れていると思われます。

一方で富山では、いろはす天然水の酸素安定同位体比は、山梨とは異なりそれほど変化はないようです。




次に、
大山(鳥取県)のいろはす天然水を見てみましょう。




大山(鳥取県)でも、年々変動がありつつも、気温が0.07℃/年の上昇率で上昇傾向です(*米子の気象庁データ)。温暖化の影響が顕れていると思われます。

鳥取では、いろはす天然水の酸素安定同位体比は、山梨とも富山とも傾向が異なり、すこし小さく(軽く)なっていっているようです。






次に、清田(北海道)のいろはす天然水を見てみましょう。



清田(北海道)では、気温の上昇率は0.03℃/年と、上昇傾向ですが、他の3地点ほどは変化が大きくありません(*札幌の気象庁データ)。

北海道では、いろはす天然水の酸素安定同位体比も、あまり変化がないようです。


4地点の気温上昇傾向と、酸素安定同位体比の変動傾向にはどのような意味がある?

4つの地点では、温暖化の傾向が見て取れます。近年特に、日本全国でこのような温暖化傾向が顕れています。



(図)全国33地点(左図)の気象庁のデータから、気温の変動をまとめたもの


気温(海水温)が上昇すると、蒸発が盛んになることで、大気水蒸気中の18Oが増え、降水に含まれる18Oも増える(=酸素安定同位体比が大きく重くなる)と考えられます。しかし、いろはす天然水を育んでいる地下水の酸素安定同位体比に与える影響は、どうやら一様ではないようです。

白洲(山梨県)では、いろはす天然水の酸素安定同位体比が大きく(重く)なっています。降水が重くなった影響が、早くも地下水に顕れて来ているのではないかと考えられます。

砺波(富山県)では、いろはす天然水の酸素安定同位体比に変化は見られません。北アルプス・立山の貯留が十分にあり、降水が重くなった影響がまだ顕在化していないのでは、と考えられます。

大山(鳥取県)では、いろはす天然水の酸素安定同位体比が小さく(軽く)なっています。この理由として、温暖化によって広域での降水パターンが変化した可能性が考えられます。四国・中国地方の南側で降水量が増えた場合、太平洋から来た水蒸気が四国・中国山地にぶつかって起こる降水量が増えた結果、日本海側に届く水蒸気は18Oが少なくなります。また、酸素安定同位体比は降水量が多いほど重くなるので、日本海側で積雪量が減った場合も、酸素安定同位体比が小さくなると考えられます。大山では、どうも水循環に複雑な変化が起こっているようですね。

清田(北海道)の温度上昇は他の3地点と比べて緩やかなようです。いろはす天然水の酸素安定同位体比にあまり変化がないのは、この理由によると考えらえます。


これらの考察は、まだ仮説の段階なので、引き続き検証をおこなっていく予定です。同時に、今後も「いろはす天然水」のモニタリングを継続し、水循環の恒常性についての情報を集めていきます。


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